発達障害だと思っていたら、愛着障害だった私の話

しくじり人生の中で気付いたことを共有するブログ

【しくじり人生②】 周囲の変化についていけず、立ち往生した中学時代

前回のあらすじ

ニコイチの母と姉は、ストレスの矛先をぐみちゃんに向けます。父も面白がって便乗し、三対一という地獄のような日々を過ごしていましたが、小学校六年生に上がった時、家庭内の状況が一変します。

 

それは、年子の姉の中学入学です。

部活や勉強、友人関係で忙しくなり、妹を虐げる余力がなくなったんですね。

 

すると、寂しくなった母はぐみちゃんにすり寄ってきます。

 

ぐみちゃんは当初『なんだ、この人!?』と母の豹変ぶりを薄気味悪く感じ、怒りを覚えました。

しかし、元は親の愛情に飢えていたぐみちゃんです。あっという間に懐柔され、母と一緒になって残った父に悪意の矛先を向けます。

 

ぶっちゃけ憂さ晴らしもありました。小学生の時、家庭で孤立していた私を見て見ぬふりをした父ですからね。内心『ざまぁみろ』と思っていました。父は以前の状況に戻そうとぐみちゃんを攻撃してきますが、無視し続けたら大人しくなりました。

 

ここで、『気に入らないことがあると無視をする』という癖が生まれます。母譲りです。とんでもないことに、友達にも同じことをして吊し上げに遭ったこともありますが20代半ばまで直りませんでした。それ以外に不満を表現する方法を知らなかったなんて言い訳にもならないですね。

 

◆ 戸惑うばかりの新中学生

小学校と顔ぶれは殆ど変わりませんが、中学校とは、外見的魅力、発言力、知力、身体能力などで階級分けがされる厳しい世界です。今はスクールカーストって呼ぶんでしたっけ。

 

『どうすれば家族に傷つけられないか』ばかり考えて『自分の存在を発信して周囲と調和する』気力のない(そもそも発想がない)ぐみちゃんは、周囲の変化について行けず立ち往生します。特に先輩後輩の文化に馴染めませんでした。なぜ、年上だからという理由だけで敬わなければいけないんだろう?と本気で思っていました。ぐみちゃんを邪魔者扱いした姉への反発でしょうね。

 

また、『女なんだから』とたしなめられることが増え、自分が女性であることを自覚させられるのがすごく嫌でした。女性として生まれたことを祝福されず、性を大切に扱われなかったことが原因でしょう。女子たちが小学校の時から知っている男子を『カッコイイ』と評価することすら気味悪く思っていました。お付き合いを始める男女も増え、大人の階段をのぼる子たちもチラホラいましたが、正体不明の嫌悪感しかなかったことを覚えています。

 

◆ 「私じゃダメなんだなぁ…」と思うように

私の通っていた中学は、必ずどこかの部活に入らないといけないという決まりがありました。心機一転運動部に入ろうと思いましたが、人に嫌われる私はきっと先輩たちに嫌われてしまう。そうなったら学校自体来れなくなってしまう。という、今思えばおかしな理由で美術部の幽霊部員になります。また、仲のいい子に誘われたので吹奏楽部に興味が湧きましたが、姉がいるので諦めました。

 

両親の自慢は、やはり姉でした。吹奏楽部はかなりの強豪で、当時の大会のビデオを両親はとても大切にしています。母などは『家が広かったら、友人を招いてビデオ観賞会をするのに』と今でも言います。それを聞くたびに私の心は嫉妬でささくれます。…ぐみちゃんだって絵や書道や作文で、賞をもらったことがあるのに。第三者に一度だって自慢したことはないじゃないか、と。

 

姉が家にいないことが増え、ぐみちゃんの天下になったかと思いきや、残念なことに姉の代わりにはなれませんでした。父母私の三人でいても、いまいち盛り上がらず、姉が中学に上がるまでは頻繁にあった土日のお出かけも自然消滅しました。

 

◆ クラスでの立ち位置

さて、クラスメイトのぐみちゃんに対する評価は『変人』でした。今風に言うと『空気の読めない人』でしょうか。

 

『嫌われ者』のぐみちゃんは、何をしても怒らせてしまいます。『嫌われ者』という役割を自分で選び取ったことも忘れ、『何をしても嫌われるなら、自分のやりたいようにやろう』と決め、『自分がどうしたいか』を判断基準にして迷惑かけるため嫌がられるのは当然の結果ですね。

 

この頃から、物事を深く考えようとすると頭に靄がかかったように思考が停止することに気付いていました。『大人になれば治るよね』と楽観的に捉えてましたけどね。聡明な同級生の発言にギョッとさせられることが増えました。

 

今思えば、酷いイジメによく遭わなかったなぁと思います。すれちがいざまに悪口を言われるなどの軽い嫌がらせはありましたが、なんだかんだで友達もいたし、恵まれていたのでしょう。

 

そういえば学年で陰湿なイジメがあったとは聞いたことがないので、みんな人が良かったんだろうな。みんなありがとう。